発達障害と家族の行末


今日は、先日頂いたメールでとても嬉しい気持ちになったので紹介いたします。
今現在、発達障害の家族との生活をされて将来が想像できない方も多いと思われますので、少しだけでも希望が持っていただければと紹介させていただきます。
メールの内容については、当事者の家族が読んでもわからないように、具体的な内容は伏せさせていただきます。もし、今回の記事で少しだけでも希望を持てる方がおられるのなら幸いです。

数年前、旦那さんの暴力とお子様の発達障害に悩まされていた方からのメールでした。
内容は、お子様の発達障害と向き合い、お子様は病院にも通院し順調に今を過ごしていること。
ここまでに、さまざまなご苦労をされた思いの報告でした。
そして、暴力的な旦那さんも、通院や薬などは使ってはいませんが、今では暴力も減り旦那さんなりに変わり頑張っておられるというメールでした。

数年前、まだ私も通院と薬で対応していたころにメールでいろいろ話をしていた方でした。まずは、お子様のための通院から始められました。

通院では、お子様の特性を肯定しながらお子様の特性にあった療育をされていたようです。
その特性を否定することではなく受け入れて行動することにより、家族で「発達障害」について考える生活が始まったようです。
旦那さんは、通院はされなかったみたいですが、お子様と共に療育を進めていくなかで、旦那さん自身は無意識かはわかりませんが、旦那さんも自然と「発達障害の特性」を学んでいき、徐々に旦那さん自身も成長と経験を積んでいかれたようです。

私も同じですが、発達障害の特性と向き合うというのは、常に自分の特性と向き合いその都度考え学び続けていくしかありません。そして、特性と向き合い学びだすと、発達障害の私たちの人生はどんどん新しい感情や考え方を身につけ続け豊かになっていきます。ストレスの感じる場面を自分で気がつくようになり、事前に回避したり、距離を取ったり逃げたりとできるようになります。
その行動は、私たち自身のゆとりともなりまわりに対する影響度合いも変わります。
もちろん、そうそう簡単に発達障害を克服できるわけではありません。
ですが、ストレスを事前に回避したり、ストレスについて日頃から考えておくことは、大きく行動が異なってくるのです。

 その少しの変化でも、まわりの方にとっては、天と地がひっくり返ったように感じられるくらい変わります。何度も言いますが、私たちは、こだわりが強く感情の制御が苦手なため、失敗はします。
しかし、その頻度は比べ物にならないくらい減ってきます。
 何より、その努力をしている姿を見ることができるだけでも、精神的にもすごく楽になります。
そりゃ時には、「このやろう!」と過去を思い出すこともあるでしょうが、過去を思い出すなら、過去のひどい時と今を比べてみてください。今がどれだけ良くなったかに気がつくことができます。

 今回のメールにも、「過去を許す」「過去を忘れる」という言葉が書かれていました。
私の妻も同じですが、8年が過ぎ去った今だに過去のことを持ち出してはいろいろ言われることも多いです。
もちろん「いつまで言ってんだ!!!」と思うのは正直なところです。
 しかし、そうそう簡単に失った時間や自尊心って取り返せますか? そんな女神様みたいな人は少ないでしょうし、私たち発達障害の人のためにもならないと思います。それだけ過去が酷いのだから、未だに失敗をしても少しは軽減して見てもらえるメリットもあります。そして、何より過去を知っているから今の自分を認めてもらえるのです。
 もし仮に私が、別の女性と付き合ったりしたら、本当の私がバレないように、私はずっと発達障害を隠し対応したり、演じたりしなければならないのです。
こんな辛いことはありません。私の悪い時や弱点を知って、尚一緒に居てもらえるのなら、少しは私も気を抜くこともできますしね。

 今回は、通院や診断を受けずに「発達障害」と自覚することができ、改善された事例でしたが、私も息子のために発達障害の本を読んで、自分の発達障害を自覚したのが始まりでした。
そして最初に学んだことは、「発達障害」と向き合うというのは、発達障害の特性を否定するのではなく、肯定してその特性を活かして生きるということでした。
最初は、人にも自分に対しても否定的な考え方しかできませんでしたが、徐々に人にも自分にも肯定するものの考え方を身につけていきました。
 特性に気がついたり向き合うためには、発達障害について専門の知識を持った方がいるとより効果的です。ですが残念なことに大人の発達障害を引き受けてもらえる病院は少ないのが現状です。もっと残念なのが子供の時ならまだしも大人の発達障害は手に負えないことが多いのも現状なのです。

 しかし、子供の発達障害については、年々知識も増え、ここ数年だけでもものすごく進歩しています。私の妻も臨床心理士となって3年目に入り、今ではスクールカウンセラーの仕事をしています。
もちろん、個人情報のなかでも非常にデリケートな内容となるため、夫婦間であっても仕事の話は一切しません。しかし、土日も暇さえあれば勉強会に参加したり、さまざまな活動をしており、「他所様のことより俺たちのことは?」と時には思うほど夢中で取り組んでいます。
それだけ、スクールカウンセラーの人たちも、常日頃から知識の向上を図っているのです。
子供が発達障害の場合、親も発達障害である可能性はかなり高く、子供の療育は親の療育にも影響を与えることも多いのです。
しかも、親である以上、子供に負けてはいられませんからね。効果は絶大だと考えられます。

そして、そこに欠かせないのが、理解してもらえるパートナーです。
子供たちの療育には、子供の特性を受け入れ一緒に考えてくれる親の意識改革は絶対なのです。
それは、発達障害の親でも同じです。特性を理解してもらえ受け入れてもらえるパートナーが身近にいることは、私の成長に大きな影響を与えてくれました。

 きっかけや経緯というのは、それぞれの生活環境で違いはありますけれど、長い人生のなかに、そのチャンスはあるはずです。
しかし、絶対に必要なことは、発達障害の「変わろう」という意志です。
自分のため、子供のため、妻のため、自分が変わる必要性を感じたり、理由なんてなんでもいいのです。変わろうとするその立場に立ってはじめて変わることができます。

毎度書いていますが、「どう変わりたいか?どうなりたいか?何に困っているのか?」と目的がなければ、専門医を訪ねても受付さえしてもらえない病院がほとんどです。
当然です。発達障害は病気ではないのですから、生き方、価値観、考え方そのものなのですから、考え方、行動も人それぞれ違うし、どう変わるかは人それぞれ違うのですから、いくら専門医でもその目標や意志がなければ対応のしようがないのです。
しかし、その目的が見つかるのは、ある日突然くることもあります。

 当然、その時が来るのを待つことも、自覚後、当事者が変わるまでも、変わってからも数多くの失敗を繰り返す私たちと生活を共にする大変さは想像を絶すると思います。
それでも、もう少し発達障害のパートナーとの未来を考える余地があれば、明るい未来を保証できるほど強く言えませんが、少しだけでもの希望を持っていただきたいと思います。

 しかし、無理と思ったり、自分の人生を犠牲にするくらいなら、距離をとったり、縁を切ることも必要だと思います。発達障害の人のために犠牲になる必要はありません。ご自分の幸せのために、希望を持って向き合っていただければと思います。

 そして、忘れて欲しくないことは、私も今で8年です。メールを頂いた方も初期段階で知り合った家族です。それでも、未だに未熟で失敗することもあります。
最初の頃は、結果を急いで失敗したり、投げやりになったりもしました。無理しすぎて逆効果となったことも、なんどもなんどもありました。

 行き着いた結論が、弱点だらけの家族ですが、家族一人一人の人生を尊重し、一人一人の望む人生をみんなで応援・協力する。ただそれだけです。
私も気持ちの共感や話し合いによる理解や納得は、未だにとても難しいです。
苦手なものは仕方ないし、できないものはできない!! 威張ることじゃないですけれどね。それなら納得・理解ができなくても、まずは一人一人の望みについて、実現する方法を考えたうえで共に生きるだけです。

 発達障害との生活は、一般的な発想や常識では計り知れないと思いますが、言い換えれば伸び代しかない共同生活が待っているということかもしれません。当事者の自覚(自己改善する状況)は必須ですが、もし条件が整えば共同生活も少しは楽しくなるかもしれません。

もし、辛い時、悩んでいることがあれば、一緒に考えてみませんか?
即解決するアドバイスなんて無理ですが、気を紛らわすこと、何か参考になることはお話しできるかもしれません。